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左 / 1860年(1860年代)
水戸城城郭の遠望
場所: 三の丸 カテゴリ: 景色 ライセンス: 出典「水戸市立図書館デジタルアーカイブ『水戸百年』・写真集「水戸百年」編集委員会」
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中央左の門から奥が現在の三高、附属小、二中に及ぶ旧二の丸の地。写真右、丘の白壁に囲まれた中が本丸で、現在の一高の場所。水戸城は佐竹時代から二の丸を事実上の本丸としてここに城館を構え、本丸は武器庫その他の倉庫の場所として、ついに天守閣や石垣は築かずに終わった。
右 / 1930年(1930年代)
偕楽園(見晴らし広場から好文亭を望む)=昭和5年ころ
場所: 常磐町 カテゴリ: 景色 ライセンス: 出典「水戸市立図書館デジタルアーカイブ『水戸百年』・写真集「水戸百年」編集委員会」
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東に文武の学園弘道館、西に「衆と偕(とも)に楽しむ」遊園という斉昭の構想によって、偕楽園は弘道館の翌年に造成された。百種、三千本を数えるわが国屈指の梅園として知られる。