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左 / 1890年(1890年代)
茨城会館
場所: 三の丸 カテゴリ: 建物 ライセンス: 出典「水戸市立図書館デジタルアーカイブ『水戸百年』・写真集「水戸百年」編集委員会」
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かつてこの会館は、岡山県の県民会館と並んで有数の施設といわれた。ホールの収容人員が千百人余というのも、当時としては文化の殿堂というにふさわしかった。戦災で内部を焼かれ、戦後修復されてさまざまな催しに利用されたが、四十一年四月、県民文化センターが建設されたのに伴い廃館となり、その跡には県会議事堂が建てられた。
右 / 1916年(1910年代)
塙洋品店(泉町二丁目)=大正5年
場所: 泉町 カテゴリ: 建物 ライセンス: 出典「水戸市立図書館デジタルアーカイブ『水戸百年』・写真集「水戸百年」編集委員会」
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この店の初代店主は塙七平という分限者。明治のころ、水戸で真っ先に「西洋服裁縫舖」の看板を掲げて洋服店を始めたが、これが洋物店(今の洋品店)に変わってこの店になった。現在のふくだの場所で、れんが造り二階建て、丸窓、鉄網手すりのついたこの欧風建築は、大正・昭和を通じ泉町通りの名物の一つとなっていた。横綱常陸山が三人引きの人力車でこの店に乗りつけ、舶来の香水やハンカチを買って行ったこともこの店の話題になった。